2014年1月6日月曜日

写真 空閑 学  
文  十鮃寺 多聞

「絶対男だ!」
 俺はそう力説した。
「いやいやいや、絶対、男やないよ!」
「どうしてそう言い切れるん? ウメズはあのおっさんに聞いたんかい? だいたい,胸がないし、どう見てもおっさんだよ。すれ違った時にオヤジ臭したもん」
「お前、そう言うけど、あの人ひげの剃り跡ないし、だいたい肌が女って感じだし、おばさんでもオヤジ臭する人おるよ」
「お前のかあちゃんがそうやん」
「やかんしー、コムロ! お前に言われたくない!」
ウメズは缶ビールを口に付けたままコムロをにらんだ。
「じゃあ、誰か本人に聞いてきたらいいやん。必ず俺の言ったとおりだから。女だったらおごっちゃる」
「『あなた、男ですか? それとも女?』って? いやいやいや~、聞けないよ。コムロなら聞けんじゃねー?」
 俺は升に入ったコップ酒を一口のんだ。夜7時の立ち飲みの角打ち・玉泉はにぎわっていた。大柄なウメズはカウンターの向こう端でハイボールを飲見ながら串かつを愛おしそうに食べているショートカットで白髪交じりの性別不明の中年に目をやった。気が付くと、小男のコムロが客の間をちょろちょろと抜けていき、そのオッサンだかオバサンに近づいて、乾杯して一言二言喋って戻ってきた。

「どうだ? どうだった?」
 俺がコムロに聞いた。ウメズも缶ビールを持ったままニヤニヤしている。
「おばさんだった」
 俺はちょっとがっかりした。あれが女だったとは……。
「なんて聞いたんよ?」
「『角打ち研究会の方ですか?』って聞いたら、『そーゆーわけじゃないけど、これから女子会があるんで待ってるの』だって~」
 なーんだ。俺は向こうのおばさんを見ながら、2千円カウンターに置いた。
「おかあさん! お勘定ね。一緒でいいよ」
「はいはい」と玉泉の女将が遠くで言った。
 それにしてもカウンターの端のオバサンをよくよく見れば、串かつを頬張る横顔におばさんの特徴がはっきりしてきて、男に見えなくなってきた。

「ところでコムロ、あれ買ってきたか?」
「あ、モデルガンね!!」
「声が大きい!」
 俺は声の甲高いコムロをたしなめた。堂々とした体躯のウメズも困ったような顔をしていた。
 コムロは井筒屋の紙袋を開いてみせた。金色に塗装されたモデルガンが入っていた。
「なんだこれ?」
「ワルサーP38だよ。知らんの? ルパンが持ってるやつ」
「コムロ。お前はバカやない? こんな金ピカなピストル持って強盗する奴がいると思うか? こっんな、つかえねーモノ買ってきてから!」
「そうっちゃ! 普通は警官が持ってるコルトとか、トカレフとかそれっぽいのやろ? 黒とかシルバーとかじゃねーと本物に見えんやん!」
俺はため息をついた。
「もういいよ。仕事できる時間が終わっちまう! おかあさんごちそうさんでした!」
 俺は酒好きがするように、升に残った数滴の酒をすすって、コツンと音を立てて升をカウンターにおいて、三人で玉泉の暖簾をくぐって出かけた。

© Manabu Kuga 
 
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