2016年3月23日水曜日

俺は昭和町を歩きながら、ずっとGR21のことを考えた。

せっかくこいつで撮りたかったのに、電池が今もあの側溝の中にあるせいで使えない。じゃあ大通りのファミマで電池を買おう。我ながらいい考えだと感心しながら昭和町のファミマをのぞいて、俺は愕然とした。電池は単1-4という、ごく一般的なものしかないではないか。おおよそリチウム乾電池CR2などは現代のように充電式が高性能で一般的となる前のもので、今更これを使用する用途はほぼないのである。電子化フィルムカメラというのも今にしてみれば機械として中途半端な感すらある。


黄金町を歩きながら、俺はもはや撮影する気が失せてしまっていることに気づいた。
心はずっとあの穴の中の電池を取り出すことにあった。俺は撮影をやめてイーオンに立ち寄り、食材を買い求め、その時に割り箸をもらうことにした。悩んだ挙句、ピタパンとうどん、紅生姜を買い求め、そしてもらった割り箸のビニール袋の上から、荷物詰め台にあったセロハンテープを裏返しにぐるぐるに巻きつけて、トリモチのようなものを作った。俺は粘着部分に触れないように割り箸を握りしめ、暗くなった通りを例の側溝の穴に向かった。

路地はもう真っ暗だった。地面にひざまづいて、携帯電話の明かりで穴を照らした。

いた。
まだあの電池はいた。俺は用心深くトリモチを穴に入れ、電池を取ろうとした。しかし、くっつかない。セロハンテープの粘着力はこの程度なのか。俺は失意の中でも袋から割り箸を出して、挟もうとした。それも箸の長さがいくぶんか短かく、かなわなかった。目の前の家でまた犬がキャンキャン鳴いた。猜疑心の強い老人である家主が警察を呼ばないように祈った。俺はもう一度箸を袋に入れて、トリモチとして、もう一度念じるように電池に強く粘着面を圧したところ、今度はくっついたではないか。俺は弾丸摘出をする外科医の思いで、ゆっくりと電池を穴から取り出した。電池の固さを握りしめ、すぐにポケットに滑り込ませて家路についた。俺はなんとも言えず勝利に酔いつつも激しい疲弊を感じていた。


帰宅して、暖かい部屋で電池をGR21にはめ込んだ。
「カッカッカッ!ウイーン!」

軽快な音と共に、カメラはうれしそうにレンズを繰り出し、スタンバイした。
「な、なんという愛らしい」

俺は突き出したレンズを見ていて、つぶらな瞳の仔犬から尻尾を振られたような思いがした。


© Kotaro Fujioka(藤岡 耕太郎)写真/藤岡耕太郎 文/Vichos.K.玉川

 
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